カウンセラーになりたい企画

個人カウンセリングと産業カウンセリングの相違点

前回前々回と「カウンセリングとは何か」について解説しました。さらに、同じカウンセリングでも個人カウンセリングと産業カウンセリングの間には対応に留意する相違点があります。事例をご紹介しましょう。

<Aさん・30代男性>
職場の上司の前に出ると萎縮して吃音症(どもり)になってしまい、思いをうまく伝えられないという訴えで来所。もともと雑談が苦手なところはあった。しかし、話したい内容は頭に浮かぶのに言葉を発することができない、という状況は初めてのことである。

主訴はこのような感じですが、背景には①クライエント自身でさえ気づいていない発達障害の特性や、②発達障害についてまったく知識のない上司とパワーハラスメント、③そして常に利益を優先し、人間関係に配慮せずにいる企業体質がありました。

個人カウンセリングでも産業カウンセリングであっても、まずは目の前のクライエントに共感的理解を示し、受容することが最優先です。積極的傾聴を心がけながら話を進めます。この時点で、すでにカウンセラーの頭の中には「先の見通し」がなくてはいけません。

例えば、「このクライエントは自分の発達障害に気づいていないようだが同僚はどうだろう」「場面緘黙の疑いはないだろうか」「自己肯定感の低さは障害に起因するものかどうか」「成育歴はどんなだろう」「家族や学校の先生を含めて、この上司に似たタイプの人にかつて出会っていないか」「家族の中に怒鳴る者がいるのか・いないのか」など、次の段階へ進むためのいくつもの予想と疑問を持ちながら聴いていきます。

耳を澄まして相手の「14の心」を聴くのがカウンセリング

「聴く」とは、字の通り「耳を澄まして相手の14の心を聴く」ことである、とカウンセリングの講義で教えられました。この14という数字はひとつの比喩にすぎませんが、クライエントのあらゆる状況や心理状態に思いを寄せながら聴くことを意味しています。

カウンセラー志望の方に、私はよく言います。「力のあるカウンセラーは、まるでプロフェッショナルなクラブやバーの従業員のような”機敏さ”で、クライエントを受けとめている」と。カウンターの中にいる従業員が目の前にいるお客様だけにまなざしを向けていると、他の方のグラスが空になっていることや、つまらなさそうな表情の人に気持ちが及びません。

フロア全体に細やかな配慮が必要なように、カウンセラーの頭の中においても、あらゆる視点からクライエントにフォーカスされた推測や分析が、共感と同時進行しています。さらに相談内容のことだけではなく、室内の温度や明るさ、カウンセラーの声や抑揚、クライエントの顔色と言葉のトーン等、五感をフル回転させながら情報をキャッチしています。そのため、カウンセリングの所要時間は、集中力を考慮して50分から90分程度に設定されているのです。

次の段階では、クライエントが苦手と感じる上司・同僚に再び遭遇した際の対処方法をトレーニングします(会話の練習やアサーティブトレーニング等)。萎縮するまでに傷ついた心を癒しながら、低い自己肯定感を検討し心理教育を施します。

産業カウンセリングでは安心・安全な環境づくりにも配慮する

産業カウンセリングでは、これらに加えてAさんが安心・安全な環境の中で実力を発揮できるようサポートしていきます。そのため、クライエントのみならず上司や部署内の他のメンバーからも話を聴くことがあります。クライエントの評判や普段の言動など、実態調査が必要な場合はそれもいたします。

発達障害が疑われるケースでは、クライエントへの情報提供や受診を勧める役割をします。その結果、診断がなされた時には、クライエントと話し合ったうえで特性の理解を周囲に求めます。一方で管理職をはじめとする社員へのハラスメントやメンタルヘルスについての研修を実施、サポートする側となった上司や同僚の疲労防止やケアに気を配りながら、環境を整えていきます。

まとめると、
①個人カウンセリングでは、相談内容を整理しながら背景・要因を明らかにし、クライエントを受けとめること(共感的理解と受容)を重視する。

②産業カウンセリングでは、①の立場を取りながらも、併せて組織内の課題を抽出し、付随する人間模様や問題の解決(原則、求められるまで転勤や異動に直接働きかけることはない。しかし、感想や参考意見を述べることはある)、そして必要があれば企業体質に言及し、社内制度の改革を提案することもある。

以上のように、個人カウンセリングは、クライエントの気持ちに寄り添いながら心の治癒力を高める役割を主としています。一方、それぞれの社員の気持ちが複雑に交差する産業カウンセリングの現場においては、個人的な問題であっても企業や組織が関与できることはしながら、生産性を上げるために社内全体の問題解決にまで活動の枠を広げ調整していく業務をカウンセラーは担っています。

(神田裕子)

パートナーが発達障害かも?と思ったときに読む本

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