23 麻布十番商店街会長選挙戦 花札怒鳴奴(はなふだドナルド)後編
「やっちゃん、絶対に当選するよ、手応えがあるから」
勘一さんは言います。会長さんもうなづきました。
選挙委員会の委員長が、投票結果を発表しました。
「投票数は百五十一でした。花札氏三票」
花札怒鳴怒はガックリと肩を落とします。会長さんは飛び上がって喜びます。勝利は決定的です。
「前会長の亀乃奴彦氏は一票です。よって新会長は花札氏となりました」
なんということでしょう、会長さんは敗れてしまいました。それにしても一票とはどういうことなのでしょうか。
「無効票が百四十七票ありました、ほとんどが『やっちゃん』で、なかには『タワシ』という記載もありました。皆さんちゃんと名前を書いてください」
誰も会長さんの名前を知らなかったのです。
「勘ちゃんがタスキにやっちゃんて書いたからだよ、みんな俺のことをやっちゃんだと思っていたんだ」
勘一さんも会長だった会長さんもがっくりと肩を落としました。
「当選確実だったんだけどなー」
勘一さんは、悔しそうに言いました。
麻布十番商店街に新しい会長が誕生しました。これからは、経済重視の強い商店街を目指すことになりそうです。
三票しか取っていない、新会長が演説をします。
「僅差ではありますが、信任を得て新会長となりました花札です。これからの商店街は金儲けを第一に考え、皆様の生活をより良くする方針をとります。昔ながらの儲からない商売は廃止して、新しくより儲かる店に入れ替わるようにいたします」
さあ大変です、商店街は、経済の波に飲み込まれ変わらなくてはならないのでしょうか。
会長さん、いえ前会長の亀乃奴彦さんは、会長職を終え、みんなからは「やっちゃん」とか「タワシ屋さん」とかと呼ばれるようになりました。気の毒なほど憔悴してしまっていて、ほとんど外に出てきません。
一方、新会長となった花札怒鳴怒は改革だと言っては、今までやってきた行事を取りやめにしています。右脳先生のイラストで行ってきた夏祭りも中止で、広尾の商店街との間にはフェンスを張って行き来ができないようにするとまで発言し始めました。
麻布十番商店街に黒い雲が立ち込めてきたように感じます。
そんな時、ひょうこ先生の病院に、選挙カーがやってきました。
「先生、私はですね選挙違反があったのではないかと思っているわけです」
雄山勘一さんは真剣な表情で言いました。
「選挙違反ですか」
ひょうこ先生も真面目な顔で答えます。
「つまりです、花札のような怪しい男は裏で何をしているかわからんわけです、私は選挙のことには詳しいのです」
「選挙違反ですか」
ひょうこ先生は、もう一度言いました。
「たとえば、有権者に金品を渡すことです。その証拠を掴めばやつを追い落とせます。私は奴の隠れ事務所を突き止めました」
「うーん。とは言いましても、ですね」
「そこでです」
「そこで?」
「若い力が必要なのです」
「はあっ」
ひょうこ先生は素っ頓狂な声を出しました。
サンドリヨンと、パンプキン、ファッジの三人は花札怒鳴怒の隠し事務所前にきていました。
選挙カーの中で勘一さんは三人に説明します。
「二階の窓から忍び込みましょう、選挙カーのお立ち台から入れば簡単です、そして選挙違反をした証拠の書類を持ち出す、皆さん段取りはわかりましたね」
「段取りはわかりました」
パンプキンが答えます。
お立ち台に上がって二階の窓から部屋に忍び込みました。引き出しを開けたり棚を調べたりしますが、どうしても選挙に関するような書類は出てきません。
「ここは、花札の事務所ではないようですよ、だって『NPO法人子供絵本読み聞かせの会』って書いてあるもの」
ファッジがそういうので、勘一さんも慌てて確認します。
「あっ、間違えちゃったかな。花札の事務所は三階でした」
急いでお立ち台に戻りましたが、そこから三階には登れそうにありません。
サンドリヨンはハイヒールを脱ぐと、ひらりと三階の窓に飛び乗りました。そして中に入ると窓から色々なものを落とし始めました。
「ちょっと君い、よく調べてから落としてね」
勘一さんが声を殺して言いますが、上からはお構いなしにどんどん落ちてきます。中には宝石や金の延べ棒まであります。
「これはどうしたことか」
今度はなんとピストルが落ちてきました。ファッジがピストルの匂いを嗅ぎます。
「犯罪の匂いがします」
パンプキンは、選挙カーのマイクのスイッチを入れました。
【僕の名前はパンプキンです。ピストルからは犯罪の匂いがします】
【ピーーー・キーン】
「パンちゃんボリウム上げすぎ、ハウリングしちゃってるよ」
静かに忍び込もうとしていたのに、これでは周りの人にバレバレです。
5分も経たないうちにパトカーのサイレンの音がしてきました。三人は、素早くその場を離れて姿を消しました。選挙カーの上に立っている勘一さんを警察が取り囲みました。
「お勤めご苦労様です、雄山勘一と申します」
勘一さんは丁寧に挨拶をしました。
その後、勘一さんは釈放されヒーローとなり、雑誌やテレビの取材に引っ張りだこになります。なぜなら、花札の事務所から出てきたものが彼の今までに犯した犯罪を証拠づけるものとなったからです。
当然商店街の会長は辞めることとなり、新たに亀乃さんが新会長となりました。
「会長さん、本当に良かったですね」
ひょうこ先生は嬉しそうに言いました。
「これからもよろしくお願いします。勘ちゃんのせいで落選したけど、勘ちゃんのおかげで会長になれたんですね」
会長さんは涙ぐみますが、花札の逮捕劇の裏側に三人の活躍があったことは、誰も知りません。
古い友達の勘一さんをのぞいては。
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