24 大事件発生、麻布十番が乗っ取られる(前編)
パンプキン、サンドリヨン、ファッジの三人は『麻布珈琲』にきていました。
パンプキンはいつものミルクをグラスで、サンドリヨンは、デミカップに満たした生クリームにエスプレッソを一滴垂らした、スペシャルコーヒーを飲んでいます。ファッジはミルクが苦手なので、生卵の黄身をプリンの器で食べていました。このお店のマスターが三人のファンで、三人には特別にメニューを作ってくれるのです。
お店を出て、十番大通りを進むと煙の出ているお店がありました。
「初めて嗅ぐにおいだよ」
「食べ物かしら」
そこは『八つ目や』という鰻屋さんでした。
「何を焼いているの」
パンプキンがお店の人に聞きました。
「うなぎですよ、知らないのですか」
「僕たち、まだ人間になってあまり間がないので」
「えっ、どういうことでしょう」
「間違えました、日本に来てまだ間がないということです」
ファッジが慌てて答えました。
「なるほど外国のかたでしたか、店で食べられますからどうぞ上がって食べてみてください」
「僕は食べたいな、でもご飯は食べられないんです」
「それなら白焼でもいかがですか、わさびで食べると美味いっすよ」
パンプキンは、もう店の中に入って行こうとしています。一緒に入ろうとしているサンドリヨンにファッジは言いました。
「私は、もう帰るね、お腹いっぱいで食べられないから」
ファッジと別れて鰻屋に入った二人は、出された鰻の白焼きを前に考えています。お皿に添えられた、ワサビも見たことがありませんでしたし、テーブルに置いてあった、山椒の入れ物もなんであるかわかりません。
お店の人が教えてくれます。
「わさびを白焼の上に乗せて食べてみてください、山椒は蒲焼じゃないのでかけないで」
そう教えてもらったのにパンプキンは隣の人が鰻重に山椒をかけているのを見て自分も真似して、鰻にたっぷりと山椒をかけてしまいました。そして二人はワサビと山椒のかかった鰻を口に入れました。
「ヒュー」
「パァー」
あまりの刺激に飛び上がります、と同時に二人の体はあっという間に猫の姿に戻ってしまいました。二匹の猫になった、パンプキンとサンドリヨンはお店を飛び出すと道を駆けてどこかに行ってしまいました。
一方、家に帰ったファッジは、不思議なメールを受信していました。送り主の名前はEva(エヴァ)です。そして送り先は商店街のお尋ねコーナになっています。内容は、犯罪組織が商店街を狙っているので注意するように、そしてこのことを阻止できる人に伝えてほしいとだけ書いてありました。ロシア語で書いてあったのですが、ファッジには不思議に読めたのです。
ただファッジもこれを誰に話せばいいのか迷いました。会長さんに話したところで理解できないどころか解決もできそうにありません。ひょうこ先生に話してもいいのですが、どうせ取り合ってはくれないでしょう。
色々考えているうちに、夜になってしまいました。パンプキンとサンドリヨンがいつまで経っても帰ってこないので、ひょうこ先生が心配をはじめました。
「ファッちゃん、パンプとサンちゃんはどうしたの」
「鰻屋さんに行ったけど」
「まあ、鰻屋さんへ。あの子たちったらこんな時間まで何してるのかしら。私、行ってみるから」
ひょうこ先生は出かけて行きました。
鰻屋さんに行くと、お店の人はそれらしい若い男女がお店で白焼きを注文したのだけれど、食べないでいなくなったと話しました。
「どういうことでしょう。お代は私がお支払いいたします。どこかへ行くような話はしていませんでしたか」
「いつの間かいなくなってしまいましたので、そこまでは」
お店の人は申し訳なさそうに言いました。
ひょうこ先生のスマホにファッジからメールが来ました。
【二人はまだ鰻屋にいるはずですよ。】
ファッジは二人が持っているGPSの位置を教えたのです。
お店には、サンドリヨンの青いハンドバックとパンプキンの黄色いリュックバックがそのまま置いてありました。
ひょうこ先生は、胸騒ぎがしてお店を出ると十番大通りを病院の方向に走りました。網代公園の横を通りながら、「パンプー、サンちゃんー」と大きな声で名前を呼ぶと、木の上から「ニァーニャー」と猫の鳴く声が聞こえます。
見上げると、猫のパンプキンとサンドリヨンが木の枝に乗っかっています。
「あなたたち、猫になっちゃったのね。いえ違った、戻っちゃったのね」
二人とも急に猫に戻ってしまったので、驚いて駆け回り怯えて木の上に逃げ込んでいたのです。
ひょうこ先生は二匹を上着の中に入れてうちへ帰ってきました。
「ファッちゃん、見てちょうだい二人がこんなに」
「あっほんとだ、猫に戻ったんだ」
「にゃー、ニャー、にゃ」
「うなぎ食べたら口が変になったと言ってます、お腹空いたので何か食べたいそうです」
「サンちゃんはどうなの」
「ニャン」
「サンちゃんも食べたいそうです」
「二人とも食べたい時の表情は通訳しなくてもわかります。今作るから待っていてね」
三人が猫から人間の姿になって、しばらく経ちますが、ゴロンゴロンという「またたび」の匂いを嗅いだことにより変わってしまったことは誰も知りません。それは、兵庫さんがアフリカから送ってきたものでした。
猫に戻った二人を見て、ファッジは人間でいるのも悪くはないけれど、色々とやらなくてはならない事があるのは何故だろうと思い始めていました。自分も猫に戻れるかどうかわかりませんが、二人は猫に戻れたのだから、それはそれで良い事かもしれません。
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サンドリヨンとパンプキンは飼い猫に戻り、ファッジは人間の女の子として本屋にバイトにゆく生活が始まりました。急にいなくなった二人のことを、ひょうこ先生はアメリカの大学に戻ったと説明していますが、突然のことなのでピエール青山もホテルの人達もとても困っています。
そんなある日、バイト先の本屋に、パンプキンに腕相撲大会で敗れたロッキー・ランボーがやってきました。ランボーはファッジに会いたくてアメリカからやってきたのでした。
ランボーは、はにかみながらファッジにサバイバル野営セットを渡しました。テントとか寝袋とか非常食の入ったものです。プレゼントのつもりなら全く的を外しています。
「陸軍は楽しいですか」
「YES」
「明日、帰りますか」
「NO」
ランボーは相当無口で恥ずかしがり屋のようです、楽しい会話とは言えません、猫並みと言えばそんなところでしょうか。ファッジは、ふとエヴァという人から来たメールのことを思い出しました。そしてランボーにそのメールを見せると言いました。
「私は、何か引っかかるんです。二人とも急に猫に戻っちゃうし、こんなメールが来るし、ランボーさんまで私に会いに来ちゃうし、話の展開が急すぎませんか」
「YES」
「このメールのエヴァという人は、商店街が狙われているというのです、それを阻止できる人に伝えなくちゃならないんですが、誰かそんな人知っていますか」
「YES」
「ではその人に伝えてください、商店街を守ってくださいと」
「YES Sir」
ランボーは答えました。(後編へつづく)
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