15 たい焼きと美人(後編)
麻布十番キャット三銃士~第15回
夜になっても帰ってこないサンドリヨンを心配して、ひょうこ先生はパンプキンとファッジに言いました。
「あなたたち今日はサンちゃんと一緒にいたんじゃないの」
「いないよ、僕はボルダリングしてたんだよ」
「私は本屋から一歩も出なかった」
「何で帰ってこないのかしら、もうご飯の時間も過ぎて、雨が降るかもしれない天気なのよ」
ひょうこ先生は心配しています。
「待てば帰ってくると思うよ」
パンプキンは大きなあくびをして言いました。
さらに時間がたって11時になりました。雨も降り始めてひょうこ先生は居ても立っても居られません。傘をさして、手にはもう一本傘も持って外に出ました。
きみちゃん公園から大黒坂を上がって、ぐるっと回って仙台坂の上にまで歩きました。そこからは仙台坂を下って、またきみちゃん公園まで戻って来ると、きみちゃんの像のところにファッジとパンプキンが立っています。
「あなたたちも探してくれたの」
ひょうこ先生が声をかけるとファッジは首を振って言いました。
「サンちゃんは十番にはいません」
「えっ、どうしてわかるの」
「サンちゃんのバックに、私はGPSのタグをつけたの、だからわかるんです」
「早くそれを言ってよ、で、今はどこにいるの」
ひょうこ先生は聞きました。
「いけふくろう」
「どこですって」
「いけふくろうという所を歩いているみたい」
「池袋のこと」
「あっ、今はめしろだ」
「目白ね、きっと迷っちゃったんだわ、タクシーに乗って迎えに行きましょう」
ひょうこ先生はちょうどきたタクシーに手を振ると二人を乗せて運転手さんに言いました。
「目白に行ってください」
「目白のどこですか」
「ちょっと待ってください、ファッジ、どこだかわかる」
「今は、高い田んぼウマウマだよ」
横からスマホを覗き込んでパンプキンがいいました。
「高田馬場ね、運転手さんとにかく明治通りに出て進んでください、その都度指示します」
「警察の方ですね、わかりましたお任せください、必ずや犯人を捕まえましょう」
運転手さんは緊張していいました。
「さっきまで池袋にいたのにどうして高田馬場なのかしら、なんでそんなに早く走れるの」
「だいたい車と同じぐらいのスピードで移動してます。明治通りを走っているみたいです、私たちのタクシーとは代々木あたりで出会うことになりそう」
ファッジが距離と速度を計算しながらいいました。
「代々木といえばサンちゃんの生まれた場所よ。子供の時に連れてきただけで、場所までは覚えているとは思えないけど、そこに向かっているのかしら」
「考えられないことではないと思います、マム」
「そうね。運転手さん、【春の小川はサラサラ行くよと】いう歌が作られた場所を知っていますか、そこがサンちゃんの生まれた所なんです」
ひょうこ先生は、そう運転手さんにいうと窓をつたう雨の雫を見つめました。
「お客さん、私はてっきり警察関係の方が事件で犯人を追っているのかと思っていましたが、お話伺っていると猫が逃げちゃったみたいに聞こえるのですが」
「猫ではないんですが猫みたいな娘で、ちょっと色々あって家出してしまったのではないかと思うのです」
「若い時には色々ありますよね、生まれた場所に戻りたいってことなんですね」
「長くなるので、かいつまんで話すと、京都のお寺でふらふらしていたあの子の両親がデザイナーの人に代々木へ連れてこられたんです。それで子供を二人産んだんですが、そのうちの一人が私の子になったんです」
「ものすごく複雑な事情があったんですね、つらいことお聞きしてすいませんでした」
運転手さんは恐縮していいました。
タクシーは春の小川記念碑につきました。
ひょうこ先生はサンちゃんが、ここにくると考えていました。うちの子にはなったけれど、辛くなりなんだかんだで、両親のいる場所に帰りたいのだと思ったのです。
「マム、サンちゃんはここには来ませんよ、新宿で方向を変えて今は四谷です」
ファッジがいいました。
「えっどういうこと」
「もう、マムの考えていることは全然当たらないじゃないの、運転手さん、わたし隣に移動していいですか、私がナビするので運転よろしく」
ファッジは器用に助手席に移動します。
「レッツ・アンド・ゴー」
パンプキンの掛け声でタクシーは新宿通りに出て半蔵門方向へ進んでゆきます。
「サンちゃんは今半蔵門にいます。あっ、向きを変えた、今度はこっちに向かって走ってきます。このまま行くとあと5分で遭遇します」
「どういうことなんでしょう、全くサンちゃんのやる事と言ったら」
「遭遇まであと10秒・・・5、4、3、2、」
「あっ、サンちゃんだ」
反対車線を見るとスボーツタイプの車の屋根につかまって乗っている女の子が見えました。
「なんて事なの!」
ひょうこ先生は驚きのあまり失神しそうになりました。
「運転手さんあの車を追いかけて、Uターン、Uターン」
ファッジが叫びます。
「何で雨降る中で、女の子がポルシェの屋根に乗っているんでしょうね、事情の複雑さもわかりますが、もう現実味が失せて、映画見てるみたいです」
運転手さんは、ハンドルを回しながらいいました。
サンドリヨンは、迷子になって歩き回り、そのうち疲れて車の屋根で寝ているうちに、それが走り出してしまったのでしょうか。
サンドリヨンのポルシェは、新宿に向かって走り続けます。タクシーも後を追い新宿に向かいました。四谷を超えたあたりでポルシェが見えてきました。ひょうこ先生はタクシーの窓を開けて身を乗り出すと叫びます。
「サンちゃん、サンちゃん。危ないから降りなさい。お家に帰りましょう」
その声に気が付いたのかサンドリヨンは、ポルシェの屋根から隣を走っている「花忠」と書いてあるお花屋さんの軽トラックの屋根に飛び移りました。
「CGではないですよね、実写ですよね」
運転手さんは、信じられないと言わんばかりに叫びました。
「もう私、心臓がもたないわ」
ひょうこ先生は倒れる寸前です。
軽トラックは新宿四丁目の交差点で左折して国立競技場の方へ向かっています。タクシーも左折して追いかけます。
「運転手さん、あの車の隣を走ってください。私がサンちゃんに合図します」
ファッジはそう言うと窓を開けて身を乗り出しました。
タクシーがお花屋さんの車の隣に来た時、サンドリヨンはタクシーの屋根に飛び移りました。ファッジはサンドリヨンの手をとって車の中に引き込みます。車の中に入ったサンドリヨンを、ひょうこ先生は抱きしめていいました。
「本当に心配したのよ、どうして家出なんかしたの」
「十番ではみんなが私を追いかけるから、嫌だったの」
サンドリヨンは言いました。
「人間はね、あなたたち猫と違って意味のわからないことをしたがるの。サンちゃんを追いかけ回したのは目立つ存在だったからよ。サンちゃんは人間になると綺麗だからどうしても注目されてしまうのね。これからは私があなたのマネージャーをして守ってあげます。だから安心してファッションを楽しんで」
ひょうこ先生はサンドリヨンの濡れた髪をタオルで拭きながら言いました。
「お腹すいた」
サンドリヨンが小さな声でいいました。
「この先に私のおすすめの唐揚げ屋があるんです、途中ですから寄っていきませんか」
運転手さんがいいました。
「僕、唐揚げ大好き」
パンプキンは、ニコニコして言いました。
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