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14 たい焼きと美人(前編)

麻布十番キャット三銃士~第14回

ファッション大好きのサンドリヨンは、洋服のお店を毎日見てまわります。普通の人なら、ブティック巡りとでもいうところでしょう、サンドリヨンの場合は洋服を買うという概念はありません。気に入った服があると持っていってしまうのです。

黙って持っていけば泥棒ですが、お店の人といろいろ話して商品を見定めているので、業界の人で宣伝用にサンプルとして使うために取りに来たモデルかスタイリストか何かだと勘違いしてそのまま持っていってしまうサンドリヨンに、何の違和感も感じませんでした。

一方、ひょうこ先生は服を外出のたびに持って帰って来るのでどうしたことかと疑問に思い、サンドリヨンに話を聞くとお金は払っていない様なのです。そこで慌てて値札を持ってあちこちに払い回るという、騒ぎになっています。

「サンちゃん、服というものは買うものだから勝手に持ってきたらダメなの」

ひょうこ先生はいつもこう言うのですが、サンドリヨンは買うということがどうしてもわかりません。

「マム、お店には洋服がたくさん置いてあって、いろいろ見て欲しいのだけを持ってくるのよ、私が持ってゆくとお店の人は喜んでいるの、買っているのとは違うでしょ」

「うーん、確かに買っているわけではないけど、服を持ってきたらお金を払わないとダメなのよね、普通は」

「普通じゃなくてもいいでしょ」

何のことやら禅問答の様です。

サンちゃんの散歩は十番をぐるぐるとまわります、いつもは洋服にしか興味を示さないサンちゃんなのですが、たい焼き屋さんの前を通りがかったときに、たい焼きを焼いているおじさんに声をかけられました。

「そこのお綺麗なお嬢さん、たい焼きたべてみない」

「たい? タイって鯛?」

「あれっ、たい焼き知らないんだね。本当の鯛じやないよ。中にアンコの入った焼き物なんだよ」

サンドリヨンは、たい焼きを渡されました。焼きたてなので中からアンコの匂いがしてきます。サンドリヨンの鼻がピクピクと動きました。

「私この匂い好きかも」

人間ならたい焼きを食べるものと思うでしょう。しかし猫のサンドリヨンにとって、たい焼きは小麦粉を溶かして焼いたものとアンコなので、食べ物ではありません。でもアンコの匂いになぜか惹かれるのです。生まれて初めて嗅ぐ匂いでした。

突然ですがここからは獣医冒険家・山野辺兵庫の解説コーナーです。
サンドリヨンは、アンコの匂いに惹かれていますね。これは食べ物としての認識ではなく猫が「マタタビ」に代表されるように、ある一定の植物が発する匂い、アルカロイドと呼ばれる有機化合物に惹かれる現象なのです。
アンコといえば小豆を煮たものですが、小豆が熱を加えられることにより放出する大豆アルカロイドがマタタビのように好きな匂いとなったのがサンドリヨンです。猫が好きなアルカロイドは、マタタビに限らず茹でたブロッコリーや、茹でとうもろこし、炊いたご飯の匂いなど、熱を加えて匂いが立った時が一番猫には好まれる様です。
あなたの猫も何の匂いが好きか調べてみてください。

手渡されたたい焼きを、そのまま持ってサンドリヨンは街を歩きます。道行く人には綺麗なサンドリヨンが、どうしても目立ちます。その目立つほどの美人が手にたい焼きを持って歩いているとなると、もう注目の度合いが跳ね上がってしまいます。

いったいなぜあの美人モデルはたい焼きを手にしているのだろう。食べるのだろうか、食べるとしたらいつ。頭の中を美人の謎が渦巻くのです。そして、人々はその姿を写真に撮り、インスタグラムに上げます。

「いいね」がサンドリヨンの写真にどんどんつけられ、そのうち自分も麻布十番で「噂の鯛焼き美人」を写真に撮ってインスタにあげようと考える人まで現れました。

ネットでは、サンドリヨンのことを #鯛ちゃんとか #十番ちゃん などと呼ぶ人まで現れて、まるで都会に紛れ込んだ野生動物のオットセイや鯨のような扱いです。着ている服のブランドがツーク(29)なので、ファッションメーカーの仕掛けだとか、セレブモデルだとかで議論までされ始めました。

雑誌が取材で追いかけると、サンドリヨンはそれを嫌い逃げ回ります。テレビの番組で不意にマイクを向けられた時など、壁を垂直に飛び上がって屋根まで逃げてしまうので#十番の忍者と書かれることもありました。

もうこうなると美人なんだかフアッションモデルなんだか珍獣なんだか分からなくなって、サンドリヨンはそんな扱いに嫌気がさしたのか、麻布十番からいなくなってしまったのです。(後編へつづく)

(南部和也)

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