TOP企画麻布十番キャット三銃士

16 東京湾屋形船のバトル 亞久亞満(アクアマン)登場(前編)

麻布十番キャット三銃士~第16回

サンちゃんが、インスタでバズったおかげで、ピエール青山のファッションブランド29(ツーク)は知名度が抜群に上がりました。そこで急遽、新しいデザインを発表するためにファッションショーを行うことになりました。
普通のファッションショーとはまるで違った、斬新な企画を望んだピエールは、屋形船で天ぷらを食べながら行うことを決定します。招待客はファッション関係者の他に、ひょうこ先生をはじめ商店街の人たちもいます。

ひょう子先生は、サンドリヨンのマネージャーをするといった手前、参加しないわけにはいかなくなりました。でも、本当は船に乗ることが苦手で屋形船と聞いた時には怖気付いていました。船が嫌いというよりも泳げないということから、水の上にいると思うだけで不安になるのです。

会長さんをはじめ商店街の面々は、サンドリヨンのファンクラブという名目で参加しています。ファンクラブは昨日発案して、今日ここへ来る前に喫茶店で発足式をしたという出来立てのホヤホヤです。屋形船は大きな日本家屋という感じで、畳張りの宴会場がそのまま船になっています。

船に乗るのを嫌がっていたひょうこ先生も中に入ると少しも船らしくないことに安心しているようです。会長さんは言いました、
「これなら心配ないでしょ、進むスピードも驚くほどゆっくりだそうですよ。揺れる事もないし、天ぷらを食べてカラオケもできる、何も心配はいりません」

畳の上で行われるファッションショーは、赤い毛氈がキャットウォークになっていて、真っ直ぐに伸びています。その上をモデルたちが、奇抜なデザインの服で次々と現れます。ファッション関係者は、歓声を上げたり頷いたりと関心の高さを見せますが、そうでない人達「なんでそんな服なの」という顔をしてまるで場違いの様子です。
踵の部分が猫になっているデザインのハイヒール「猫ふんじゃった」をサンドリヨンがはいてピエール青山と出てくると、全員が拍手をしてスタンディングオべーションします。

船はゆっくりと船着場を離れ、運河を通って、レインボーブリッジの見えるところにやってきました。そこで天麩羅が揚げられて全員に振る舞われます。ファンクラブの会員は初めてのファッションショーですが、もう大喜びです。

この屋形船を取り仕切るのは、石川屋の女将・石川二三四(ふみよ)です。

「皆様、本日は石川屋をごひいきくださいまして、誠にありがとうございます。私は当屋形船石川屋の二三四と申します、どうぞよろしくお願いいたします。この船は、江戸時代の船遊びを再現した石川屋が誇る百畳総畳張りの船でございます、屋根には瓦を使い当時の姿を再現しました」

そんなわけで、海外からの招待客には日本ならではの会場自体も大ウケです。

**

天ぷらも美味しいし、大満足のうちにファッションショーは終わろうとしていましたが、その時屋形船の後方から猛スピードでやってくるパワーボートがありました。

ボートを操縦しているのは、モーニング吉田という女性です。実はこの女性、ピエール青山とは父親違いの妹で、同業のファッションデザイナーだったのです。
モーニング吉田は、屋形船にボートをぴたりと着けると飛び乗ってきました。そして、新作の「猫ふんじゃった」をピエールの手から奪い取ると、またボートに乗って走り去って行きました。

一同この様子をポカーンと眺めていましたが、ピエールの悔しがる姿を見てやっとショーの演出ではないことに気がつきました。

「モーニング吉田に私の新作を盗まれました。なんということだ」

「あの人は一体誰なんでしょう、そしてその目的は」

「彼女は私の妹ですが、悪に染まったデザイナーで、今までにも私のアィディアを散々盗み自分の作品として発表しているのです。今回は会場が船ということで、安心していたのですが、またもややられてしまいました」

悔しがるピエールにパンプキンがいいました。
「追いかけようよ、取り返せばいいじゃない」

「相手はパワーボートです。彼女はあの手のボートをマイアミでも持っていますが最高速度が時速百キロも出るエンジンを搭載しています。この屋形船では、話になりません」

それはそうです、みんな下を向いてしまいました。

「皆様、二三四でございます。このような理不尽、お諦めになりませぬよう願います。当家の屋形船で起きたことは全てこの女将の責任でございます、取られましたハイヒール必ずや取り返さなくてはなりません。この船の船長でございます、不肖の息子・亞久亞満(アクアマン)よりご挨拶させていただきます」

突然の女将の口上に驚く皆様ですが、船長はもっと驚くことを言い始めました。

「船長の亞久亞です。大変な事件が起きてしまいました、しかし私はこのような事態が起きうることを想定して、密かにこの船に700馬力のエンジンを二機搭載しています。もちろん通常の営業で使用することはありませんが、緊急時には速度を時速150キロまで出せると予想しています。本日のお客様には初の緊急事態におかれましてのお付き合い、どうぞよろしくお願いします」

「どうぞよろしくって、何が起きるのかしら」

「あのボートを追いかけるらしいですよ」

ひょうこ先生と店長さんがヒソヒソと話しています。

急に、船が震えて二つの大きなエンジンが動き出しました。みんなは畳にしがみつきました。屋形船はどんどん加速して行きます。船首が上がり始めて。お座敷が斜めになっています。
お客さんは滑り落ちないようにしがみついていますが、お膳もサブトンもだんだん後ろの方に滑って行きます。爆音と共にスピードはさらに上がり屋形船全体がミシミシと音を立て始めました。

「全然屋形船じゃない」

「これが、ジャパニーズトラディショナルなのでしょうか」

皆さんは口々に叫びますが、亞久亞船長は、さらにエンジンの出力を上げます。
屋根の瓦が剥がれて後ろに飛んでいくのが見えます。そのうち屋根の一部も剥がれてお座敷に風が入ってきました。

「きゃー」「わー」
叫び声がエンジン音の合間から漏れ聞こえてきます。

屋形船は水面を跳ねてまさに飛ぶように進んでゆきます。

「会長さんは屋形船だから大丈夫っていってたのに、進むスピードも驚くほど速いし、揺れるどころか飛んでるみたいだし」
ひょうこ先生が、大きな声で言いましたが、みんなは体を支えるのに精一杯で答える余裕のある人はいません。とうとうバキバキバキバキと大きな音がして、屋形船の屋根が飛んでいってしまいました。

屋根がないので船は畳だけになって平な形になりました。
そのうちに、天麩羅の調理器具も、サブトンも後ろの海に飛んでいって、なくなってしまいます。逃げていくモーニング吉田のパワーボートに、屋根のない屋形船はもう少しのところまで迫ってきました。(後編へつづく)

(南部和也)

←麻布十番キャット三銃士 第15回「たい焼きと美人(後編)」
→麻布十番キャット三銃士 第17回「東京湾屋形船のバトル 亞久亞満(アクアマン)登場(後編)」

16 東京湾屋形船のバトル 亞久亞満(アクアマン)登場(前編)」への4件のフィードバック

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です