11 ファッジ本屋で働く(後編)
麻布十番キャット三銃士~第11回
商店街の会長さんは大喜びでひょうこ先生の病院にやってきました。
「先生、ファッジ君がすごく評判いいですよ。カリスマ書店員としてテレビが取材したいと言ってきたのですが出しましょうよ」
「えっ、なんのことです。ファッちゃんがカリスマって、なんかの間違いではないですか」
「間違いなんかではありませんよ。先生の姪御さんのファッジ君ですよ」
「とにかくあの子は、テレビなんてダメです。絶対に出しません。会長さん。だってあの子は本当は人間じゃないし住民票もないし、」
「何言ってるんですか。ひょうこ先生、住民票はなくてもテレビ出演は大丈夫ですよ」
「つまり、そのですね、そうじゃなくてビザがないというか、あの子の国籍が日本ではなくて、もう国籍どころか人類じやないし、それからピザはイタリアが本場ですけどアメリカでも人気なんです」
ひょうこ先生はもう頭が混乱して大騒ぎです。
「とにかくファッジ君のことは私にお任せください。商店街が全面的にバックアップして皆様に見てもらおうと思います」
会長さんは意気揚々と引き上げていきました。
ひょうこ先生はファッジをはじめ、あの三人が本当は猫なんだと世の中の人にわかったら大変だと思っています。猫が人間の姿になったなんて説明がつかないことだし、自分も獣医として頭がおかしくなったと思われたら困ります。
そんなひょうこ先生の心配を元に、カリスマ店員としてファッジがテレビの番組に出ることになってしまいました。
店長さんは大喜びだし、会長さんも大乗り気で、ひょうこ先生ももう止める気力がなくなるほどです。
*
ディレクターが朝から本屋にやってきてみんなに挨拶をします。
「チーフディレクターの高橋です。朝のワイドショーに5分だけの特集として出てもらいます。タイトルは『麻布十番速読のカリスマ店員大人気』といたします。ファッジさんには本を読んでもらうだけで、特に話はしなくてもいいので緊張しないでお願いします」
「よろしくお願いします、こんな朝からお客さんが並んでいますがどうしてでしょう」
店長さんが緊張して聞きます。
「誰かが仕込んだかもしれませんが、やらせではないです。おい、加藤お前仕込んだ?」
ディレクター高橋が振り返って聞きます。
「仕込んでおきました」
「アシスタントディレクターがちょっと仕込んだみたいですがやらせではないです」
ひょうこ先生も本屋に来ているのですが、狭い店内にカメラの人と音声の人それからディレクターという人たちが三人もいてぎゅうぎゅうです。
ファッジはスタイリストに変な服を着せられています。おまけに頭には四角い帽子まで被っています。
「すいません、チーフディレクタさん。ファッちゃんが着ている服なんですけれども」
ひょうこ先生が恐る恐る聞きます。
「何ですか、おい加藤、説明してやって」
「スタイリストが決めたんで、自分はわかりません」
「わからないそうです」
チーフデイレクターの高橋が答えました。
「あの格好は、卒業式に着る帽子とガウンですよね、本屋の店員が来てるというのは、いかにも」
「まあいいではないですか、ひょうこ先生。お利口そうに見えるし、ファッジ君はアメリカの大学生なんでしょ」
会長さんがいいます。
「まあそうですけれども、本屋のバイト先で着る服とは違うような」
ひょうこ先生は口ごもりました。
「はいそれではテスト行きましょう。ファッジさん本を速読してください」
ファッジは本を読み始めます、でも緊張しているようで瞬きを頻繁にします。
「なんかダメなんだな。瞬きしないで読んでもらえますか」
「ちょっと無理言っていませんか」
「瞬き一回で一冊の本を読むってことになってますので、」
「そうなんですか、」
「放送作家がそういうことで原稿あげて来ているので。おい加藤、放送作家いるのか」
「いません」
「いないそうです」
「私、なんだかこの雰囲気、苦手かも」
ひょうこ先生は小さな声で言いました。
何度か撮影しますが、ファッジはどうしても瞬きをしてしまいます。
「おい加藤、何とかしろよ」
チーフディレクター高橋が不機嫌そうに言います。
「はい、目薬さします」
「ちゃんとやっとけよ。では店長さん店の扉を開けてください。いいか、お店開く、お客はいる、速読する、」
指示通りお客が手に手に本を持って入ってきます。ファッジは本を読み始めました。
そこに、横からアシスタントディレクターが目薬を刺します。
驚いたファッジは本を投げ出すと、並んでいるお客を次々と引っ掻いて店の外に飛び出してゆきました。
みんなは驚いて唖然として見ています。
「おい加藤、放送作家呼んで台本書き直させろよ。それじゃ撤収します。ご協力ありがとうございました」
テレビの人たちは、あっという間に帰ってゆきました。
残ったひょうこ先生と、店長さんと会長さんの三人は、黙って顔を見合わせます。
「お茶でも入れましょうか」
店長さんがポツンと呟くように言うと、二人は黙って頷きました。
夕方のワイドショーにはファッジが少しだけ写っていましたが、カリスマ店員のインタビューではなくてタイトルが「麻布十番切れてる本屋」に変わっていました。
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