10 ファッジ本屋で働く(前編)
麻布十番キャット三銃士~第10回
ファッジはサンちゃんのように背が高くてすらっとしていないしフアッションにも興味がありません。パンプキンのように扉も開けられなくて、壁をよじ登ることも苦手ですが、なぜか本を読むことが得意で、知らない事がわかるととても嬉しく感じるのでした。
ひょう子先生の本棚の本もあらかた読み尽くしてしまい、もっと本が読みたいと思っていた時にいつか行った本屋のことを思い出しました。大きな本屋ではありませんが、読むには十分な量の本があります。
毎日行っているうちに店長さんが声をかけてきました。
「君は本が好きなようだね、本が好きな人は私にはよくわかるんだ、本を読んでいる時の目の輝きが違うからね」
確かにファッジは大きな目をクリンクリンさせて本を読みますし、あまり瞬きもしないで一点を見つめる仕草をします。
「私、本が大好きです。いろいろな事が書いてあるし、知らない事ばかりで読んでいると楽しくて」
ファッジは目を見開いて言いました。
「君は学生さんか何かなの」
「学生さんではありません、社会人さんでもないし、芸術家さんでもないし、むしろ人間さんではありません」
「うーむ、深いことを言う人ですね。『何でもないです』これはもう哲学ですよ」
「哲学の本も読んでみたい。ニーチェさんって猫の名前みたいですよね」
「いゃあ気に入りましたぞ。お嬢さんぜひうちで働いてください。お願いします」
「こちらこそです、働きます。たくさん本を読みます」
「じゃなくて、たくさん売ってください」
「ファッジと言います。よろしくお願いします」
と言うわけで、ファッジも十番で働くことになりました。
でも、本屋が本を売るところだとはよく知らないみたいです。
*
本屋に通ううちに、ファッジはなぜか物凄いスピードで本が読めるようになりました。二〇〇ページの本なら十分かそこらで読んでしまうのです。早いし、本が好きだしで、お店に入ってくる新刊はその日のうちに読んでしまうほどです。
ですから新しい本を買いに来たお客さんに、得意げに内容を話してしまいます。
「鬼平タイムパトロールですね。この本はなかなか良いですよ。江戸時代の火付盗賊改方が未来にタイムスリップしてタイムパトロールになって火付強盗をやっつけるんですね、」
「やはりイタリア料理のコツはニンニクとトマトソースの使い方に限りますね」
「猫を病気にさせないコツはただ一つです。肉を食べさせることです」
こんな調子で、買う人が読む前に先回りしてアドバイスしてしまうので、お客さんはびっくりしてしまいます。
「ファッジちゃん、あまり本の内容をお客さんに話すのはよくないと思うよ、読む楽しみがなくなっちゃうからね」
店長さんはそう言いますが、ファッジは知らん顔でこう言います。
「本を読んで楽しむのは二の次です。第一は知識の吸収ではないでしょうか。娯楽のために本を読むようではまだまだです」
「まだまだって言ったって、みんなそれが楽しみで本を買うんだよ」
店長さんは困った顔をして言いました。
*
それでも一週間が過ぎた頃には、変わった店員がいる本屋だと十番ではちょっとした噂になっていました。そして、あの店員にアドバイスをしてもらって何を読めばいいか教えてもらおうと、ファッジを頼る人がやってくるようになりました。
これには店長も大喜びで、ファッジを販売員から読者アドバイザーとして働いてもらうことにして、アドバイスは無料だけど、本を買ってもらうことを条件にしたら、売り上げが伸びてきました。
ファッジは自分が読んだことのない本でもお客さんに渡されるとその場で読み始めてすぐにアドバイスをします。
「いいと思いますよ、でもこの本だけではまだ知識が十分になるとは思えないので、追加にこの本とこの本を買ってください」
こんな調子で、さらに本を買うように勧めるので、どんどん本が売れてゆきます。
「本屋はただ本を並べて置くだけではダメだったんだ、あの子は本屋の価値観を根底から覆してしまった」
店長は心の中で叫ぶのでした。
さらに、ファッジは入荷した本でもよくないと判断するとすぐに戻してしまうのです。
「店長、これとこれはダメなので店には置かないでください」
ファッジは、1分だけ読んで本の良し悪しを決められるようになったのです。
こうして麻布十番書店は、東京でも珍しい個別にアドバイスをするカリスマ書店として噂が広まってきました。
土日になると関東近郊からも珍しさに人が集まるようになります。(後編へつづく)
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