19 麻布十番アームレスリング騒動(後編)
腕相撲大会を三日後に控えた麻布十番商店街では、誰が一千万円を獲得するのかと言う話題で盛り上がっていました。会長さんは十万円の間違えだったと言い回っていますが、弁護士を雇ったことはみんなにとっくに知られていました。
どうやら、アメリカからすごい猛者が来るらしくて尚且つその人には国際弁護士の肩書きを持つ上官の大佐まで付いている、そして腕相撲対決の前に賞金額の行き違いを双方の弁護士が話し合いで解決すると言うのです。
もうほのぼのとした大会とは言えず、緊張と興奮が同時に渦巻く状態となってしまいました。
チャンピオンロッキー・ランボーの代理人としてクレメント大佐と会長代理人松屋賃貸弁護士が、きみちゃん公園で一時間後に話し合うことになっています。
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会長と松屋弁護士はすでに公園にきていて、何やら最後の打ち合わせをしているようです。
時間になると、黒い軍用車が数台隊列をなしてきみちゃん公園を囲むようにして止まりました。車から出てきたのは、軍服の大男とスーツ姿にサングラスをした大佐でした。
商店街の人たちは道からことの成り行きを固唾を飲んで見守っていますが、公園を囲んで止まる車に遮られて様子がよくわかりません。数回のやり取りがあった後、大佐はわかったと言うそぶりをして車に戻ると、隊列は公園を後にしました。
公園に残った会長と松屋弁護士は、魔法をかけられた石像のように固まっていました。
店長さんが一番最初に会長に声をかけます。
「どうでしたか」
「ダメだった」
会長が、声を押し殺して言いました。
続いて松屋弁護士が説明を始めます。
「賞金の額を交渉しましたが、叶いませんでした。一千万円を十万円に引き下げることは、九百九十万円のダウンとなります、つまり99パーセント引きと言うことです。このようなリダクションには通常は応じることはできない、もし応じて欲しいのなら、アメリカからここまでの移動費用、八千四百五十万円を要求すると言われました」
「八千四百五十一万円だよ、高速の料金も入っての請求なんだ」
「高すぎませんか」
「軍の飛行機で、一個小隊ごときたかららしいよ」
「万事休すということですね」
「でも安心してください。特殊な条件を相手側に飲ませることに成功しました。大会の勝者をトーナメント方式で決めるのではなく、チャンピオンに次々と挑戦して倒したものが優勝者となる事としました。もちろん倒せなかったらチャンピオンのランボーが優勝者となります」
「どこにも安心できるような所はないですね」
周りの人全員がどよめきました。
到底勝てるわけのないチャンピオンに、力自慢だと言っても普通の人が束になっても叶うわけがありません。みんなは目の前がまっ暗になってしまいました。
「私にいい考えがあります」
突然ファッジが声を上げました。
「パンプキンを出場させるのです。パンちゃんなら勝てます、もちろん皆さんの協力はあってのことですけれど。チャンピオンを疲れさせて少し弱ったところでトドメを刺すという作戦です」
「ファッジちゃん本当に大丈夫かな」
「私はいつも大丈夫なんです。パンちゃんが勝ったら賞金の代わりに焼き鳥を食べさせてくれれば、何の問題もありません」
ファッジは目をまんまるにして答えました。
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腕相撲大会は、きみちゃん公園で行われることになりました。ロッキー・ランボーとの対決だけなので、それほど広い場所は必要ではありません。何よりも闘いの軸が日本対アメリカになってしまったことも重要でした。いえ、もっと厳密に言えば、アメリカ陸軍対麻布十番商店街という図式になるのです。商店街が陸軍に勝ったという歴史的な記録はどこにもないでしょう。もし、麻布十番商店街が勝利するとすれば、パンプキンの持つ、未知の力に頼るしかありません。
ロッキー・ランボーには、商店街からは、力自慢のお蕎麦やさん、宅配のお兄さんが挑戦しましたが、あっという間に負けてしまいました。
さらに続けて、焼き鳥屋さんとお煎餅屋さんも、戦いましたが、まるで勝負になりません。
「鰻屋さんも、挑戦してよ、逃げるうなぎを捕まえるほどの力があるんだから」
会長さんは、言いますが、相手はうなぎよりも強いのです。
栃木県腕相撲同好会の皆さんにも戦ってもらいましたが、全敗でした。
那須老人の里のチャンピオンにもきていただいていましたが、大事をとって不戦敗としました。
最後には珈琲屋のバイト君にまで出てもらいましたが、まるで勝負にはなりません。
これだけ連続して闘い、少しは疲れたのかと思うロッキー・ランボーですが、どこにも疲れた様子は見えませんでした。
商店街の全ての戦力を使い果たしたところでパンプキンが登場しました。
パンプキンは、怪力猫ではありますが、腕相撲はしたことがありませんし、力の駆け引きもできません。腕の力は、ただ壁を登るためだけに使われてきたのです。しかも、大会の事情もまるで分かっていないので、緊張どころか焼き鳥が食べられるらしいと聞いて、大変機嫌よくヘラヘラして現れました。
ルッキー・ランボーとパンプキンは手を組み合いました。
ランボーも、手を組んだ時点で今までの相手とは全く違うことを感じ取り、表情が引き締まりました。
審判が「ゴー」と掛け声をかけると両者の戦いが始まります。
お互い力が入りますが、手の位置は全く変わりません。互角の戦いです。
しかし、時間が経過するに従い、パンプキンの表情が苦しくなってきました。
ランボーも額に汗をかき必死の様子です。
ここまでくると、あとはスタミナと気力の問題です。
アームレスリング世界チャンピオンとして、八千五十一万円も使ってアメリカから任務としてやってきた男の誇りと、ただ焼き鳥が食べたいだけの男の食欲を比べれば、どちらが勝利を収めるのかは火を見るより明らかです。
次第にパンプキンの腕が下がり、手の甲がもう少しで台につきそうになった時、ランボーは勝利を確信しました。
ランボーは勝利が確実になると、いつも相手の顔を見ます。対戦相手が苦しんでいる表情を見ることで更なるアドレナリンを放出させ、戦いと勝利の快感を結びつけるのです。
パンプキンを見た時、その後ろに立っている、ファッジの不安そうに応援する顔が目に入ってしまいました。
屈強な男の脳内に『カワイイ』と言う感情が現れました。その感情は、セロトニンとなり、神経伝達されて脳内深く視床下部にまで達すると、秋葉原に行って朝から並んでファッジにそっくりのフィギュアを買った時の楽しかった思い出が蘇りました。その時、少しだけ腕から力が抜けます。
パンプキンは、その瞬間を見逃しませんでした。最後の力を振り絞り、ランボーの腕を台に叩きつけました。
「ウイナー」
審判がさけびバンプキンの逆転勝利を告げます。
周りの皆さんは、もう嬉しすぎて抱き合って飛び跳ねます。
クレメント大佐は、アームレスリング台にもたれかかったまま動くことのできないランボーに「ナイスファイト」と声をかけと、部下たちには「アイ・ウイルバック」と伝えて車に乗り麻布十番を後にしました。
なぜ、パンプキンが奇跡の勝利を手に入れたのかは、当人はおろか誰にもわからなかったのですが、ファッジがアニメ顔で小さくカワイイことは誰もが知るところなのです。
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