18 麻布十番アームレスリング騒動(前編)
本屋でアルバイトをしているファッジのところに麻布十番商店街の会長さんがやってきました。
「ファッジちゃん、どうですか、仕事は楽しいかい」
「毎日本が読めるので、楽しいと言えば楽しいけど」
ファッジは本から目を離さないで答えました。
すると店長さんがすぐに口を挟みます。
「お客がまるで来なくなっちゃって。先週のテレビ放送であんなことになってしまったものだから、怖い本屋のイメージがついちゃったみたいです」
「確かになぁ、あれじゃ良いイメージがないねぇ。怖い本屋には誰だって行きたくないよなぁ」
会長さんと店長さんは困り顔で見つめ合います。
「それでね、今日は何か商店街をあげてパァっとイベントでもしたらどうかという話をしようと思って来たんだがね」
会長さんがいいました。
「それは良いかもしれないですね、でも何をするんですか」
「俺はね、腕相撲大会なんてのは力が入って良いんじゃないかと思うんだよ」
「なるほど、そりゃ良いアイディアですよ。賞金をちょっと奮発したら盛り上がること間違いなしです」
「奮発しちゃおうか」
「十万円ぐらい出しちゃいましょう」
「出しちゃうか」
こんな二人の発案で商店街の腕相撲大会の開催が決定しました。商店街には力自慢が実は多くて、蕎麦屋さんや宅配の人たちなど、日頃から身体を使って仕事をする人たちも腕相撲で盛り上がりそうです。
「それじゃ、ファッジちゃんに商店街のホームページで発表してもらおうかな、賞金は十万円というところは強調しておいてね」
「わかりました」
会長さんの言葉にファッジは本を読みながら答えました。
腕相撲大会は商店街の人誰でも参加ということになり、ほのぼのとした雰囲気の中で行われるはずでしたが、数日経つと世の中がなんとなくザワザワし始めていることに会長さんも気が付きました。
「ファッジちゃん、腕相撲大会のことなんだけど、」
会長さんが本屋にやって来ていいました。
「この頃周りの人たちが、『すごいことになりましたね』って言ってくるんだけど、どうしてだろうね、そんなに腕相撲ってすごいものなのかね」
「会長さん、腕相撲はアメリカではアームレスリングと言って世界大会も開かれるほどのイベントとして認識されているんです。力自慢大会ではありません」
「そっかい、まあそんな大事っていう訳ではなく顔見知りで楽しくやれればいいと思ってるんだがね」
この時会長さんは、まだ知りませんでしたが、賞金が十万円と表示しなくてはならないところ、ファッジが商店街のホームページで一千万円にしてしまっていたのです。
大変な間違いと言えば間違いなのですが、猫のファッジにしては十万円でも一千万円でもどうでも良かったのです。お金の価値を猫が理解することは、もはや難しいを飛び越えて不可能と言ってもいいことでした。ファッジが使うお金も電子マネーだけでしたし、サンちゃんとパンプキンの専属契約料も全て振り込みの数字だけの存在で、まさにゲーム感覚だったのです。
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次の日、会長さんが青い顔をしてやってきました。もう歩くこともできないほどよろよろとして、倒れ込むように本屋に入ってきました。
店長さんが心配して言いました。
「どうしたんです、具合が悪そうですけど」
「どうもこうもないよ、一千万円、一千万円って書いちゃったんだよ」
「一千万円って、誰がどこで何に書いたって言うんです」
「フぁフッぁファッジじゃん、グエー、ゴホゴホ」
「しっかりしてください。落ち着いて」
誤嚥性肺炎になりかかっている会長さんを、元気づけるように店長さんは言いました。
「ファッジちゃんが腕相撲大会の賞金を間違えて一千万円にしてしまってるんだ、今すぐに取り消さないと」
「それは大変だ。取り消してもらいましょう」
これには店長さんも流石に慌てています。
ファッジはパソコンを開いてホームページを見ています。
「あっ、色々な人から参加申し込みが来てますよ、『栃木県腕相撲同好会様』、『那須老人の里腕相撲高齢の部優勝者坂田三吉様』それから六本木のクラブオーナー・ローズ薔薇太郎様も参加希望らしいです」
「今のところ、参加者もほのぼのとしてますので、さっさと十万円に戻してしまいましょう」
「あれ、これは英語だ、アームレスリング・アメリカンチャンピオンって書いてある。ロッキー・ランボーって誰だろう」
「めちゃくちゃ強そうな名前ですね」
「ファッジちゃん、『間違えました、十万円です』って書いて謝っておいてよ」
ファッジは会長さんの言葉を伝えて返信しました。
「一時はどうなるかと思ったよ、寿命が縮まったよ」
「あっ、ロッキー・ランボーの上官と言う人からまたメールが来ました。賞金が一千万円だと発表されていることは国際法に照らし合わせても間違いのない事実で、優勝者にはそれを受け取る権利があると書いてあります」
「上官の人って誰」
「国際弁護士のカーネル・クレメントですって」
「なんだ、唐揚げ屋の人だったんだ」
「違いますよ、カーネルって陸軍大佐のことです。この人の部下がランボーなんでしょうね」
ファッジが説明しました。
「困まりましたね、アメリカの軍人が参加するなんて考えても見なかったことです、ましてはその上官が弁護士ときたら、どう説明したらいいんでしょう」
「こっちだって弁護士がいるぞ」
会長さんが急に手を叩いて言いました。
「うちの商店街で松屋賃貸弁護士事務所をやっている先生に頼もう」
「その先生、専門は何ですか」
「よく分かんないなあ、でも名前からしてアパートの賃貸契約なんじゃないかな」
「大丈夫ですか、相手は国際弁護士ですよ」
店長さんは心配しています。
会長さんは急いで弁護士さんのところへ向かいました。
「会長さんは必死だけど、間違えた賞金の額は絶対に払えないと思うよ」
「ゼロはいくつ足してもゼロだと偉い人が本に書いていましたよ」
「確かに足してもゼロだけど、横に並べて書いたら大変なことになっちゃうんだ、これを桁違いと言います」
「きっと桁違いの強さなんでしょうね、ランボーは」
「もうどうでも良くなるほどの桁違いですね」
店長さんは飲み忘れて冷たくなったコーヒーを一気に飲み干しました。(後編へつづく)
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