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17 東京湾屋形船のバトル 亞久亞満(アクアマン)登場(後編)

麻布十番キャット三銃士~第17回

屋形船が追いかけてくることに気がつき、モーニング吉田もスピードを上げます。
ピエールは屋形船の先頭で操縦する船長のとなりで、ボートを見つめています。

お台場にいた屋形船は、東京湾を南に進み、いつの間にかアクアラインを超えていました。ついに屋形船がモーニング吉田のパワーボートに並ぶと、ピエール青山はなんとかしてボートに飛び移ろうとします。しかしどうしてもタイミングが合いません。

そんな様子を見たパンプキンは、ピエールを抱え上げるとボートに向けて投げ飛ばしました。
投げられたピエールはボートに飛び移ることができましたが、パンプスを取り戻そうとして足を滑らせて、頭をモーニングの頭にぶつけてしまいました。

不本意な頭突きに二人は気絶します。そして倒れた拍子にモーニング吉田の体が、ボートのスロットレバを前に倒してしまいました。ボートはフルスロットルで気絶した二人を乗せたまま、さらに南へ激走します。

スピードは百キロを超えています。

招待客の皆さんは、もう絶望的な思考停止状態で、こんな人騒がせな兄妹と自分が関わったことの後悔、同じファッションという業界にいることの虚しさを感じていました。しかし今は、コントロール不能となった二人のパワーボートが暴走する非常事態です。

ふと前方に大きな船の影が見えてきました。

「なんだあれは、このままでは衝突するぞ」
「フェリーボートじゃないのか」
誰かが叫びました。

「東京湾フェリーは、神奈川県の久里浜と、千葉県の金谷を40分で結ぶ1960年に就航したフェリーボートで年間280万人ものお客さんを運んだこともある・・・」
女将の二三四が、強風を諸共せずマイクを持って解説しています。

「まだ乗った事はないんだよね」
「今度ゴルフに行くとき使おうか」
お客さんたちは、もう事態の凄さに思考が麻痺してしまったようで、世間話を始める人も出てきました。

「フェリーの航路を遮ることを小型船はできませんので、あちらから避けてくれることはありません。ましてはクルーが気絶しているなんて思っていませんからね、このままでは衝突は避けられないでしょう」
亞久亞満船長は、どんな時にも冷静です。

「元を正せば、屋形船がものすごいスピードを出すあたりから、話が違ってきちゃってはないですか」

「その話が実現可能だとしても、兄妹が頭ぶつけて気絶するという展開の方が、漫画的すぎて非現実的ではないでしょうか」

極限の状態が、かえってお客さんたちに冷静さを呼び戻しているようです。

「私は冷静ではいられません、ぶつかる前にこの船を止めてください」
ひょうこ先生は、必死で訴えています。
あのボートを止める手立てはないのでしょうか。

「私に良い考えがあります」
ファッジがいいました。

「おお、ファッジちゃん。こんな時でも何か考えついたのかい」
会長さんも半べそかいて、べとべとになった顔で言いました。

「サンちゃんが、ボートに飛び移って止めるんです」

「あちらは全速力なんだよ、これだけ間が空いてしまっては飛び移るのは無理だよ」

「船長さん、もう少しだけでいいので加速してください。20メートルまで迫ったら実行です」

「20メートルも飛べるわけないでしょ」
ひょうこ先生が金切り声を出して言いました。

「わかりました、ただあと5分だけです。それ以上加速し続ければ、船体が壊れるばかりか、止まることができずにこの船も、フェリーに衝突です」

「ファッちゃん、いくらサンちゃんでもそんなに飛べないでしょ」

「もちろんサンちゃん一人では無理です、でもパンちゃんの力を借りればできるんです。パンちゃんムロフシやって」

「オーケイ」

「何よ、ムロフシって。何か変なこと考えてない。危ないことはや・め・て・よ」
ひょうこ先生は、声も絶え絶えになっています。

屋形船は最後の加速をします、船がどこまで耐えられるのか手に汗握る展開です。
モーニング吉田のボートと距離が二十メートルにまで縮まりました。

「今よ」

ファッジの合図とともに、パンプキンは、サンちゃんの両手を持つと、ぐるぐると回転し始めました。

「パンプ、何やってるの、サンちゃんの手が抜けちゃうでしょ。やめなさーい」

パンプキンは、サンちゃんを四回転させると、ボートに向かって投げました。
サンちゃんは、見事な軌跡をつくって飛んで行きます。

パンプキンは雄叫びを上げます。
「ニャバババァァぁぁぁぁ」

みんなが固唾を飲みで見守る中、サンちゃんの体はボートの上に着地しました。

「レバー、レバー」
「引いて、引いて」

観客の絶叫の中、ボートはフェリーにぶつかる前に止まることができました。
屋形船も減速してゆっくりとボートに近づきます。

それからは全員で、ピエールと妹のモーニング吉田を屋形船に引き入れて介抱します。
二人は目を覚ましました。

「なぜこんなことをしたの、あなたは自分の力でデザインしなくちゃダメなんじやないの。人のアイディアを盗んだって、何もいいことはないんだから」
ひょうこ先生がモーニング吉田に言いました。

「兄さんの才能を私が取って発表すればそれは私のモノになるの、世間は私の才能だと認める。真実なんでどうだっていい、私は事実を作り出せるのよ」

「とったからって、それが本当の自分のものにはならないと思うけど」

モーニングの解釈は意味不明です。それでも人を羨む事はよくあることで、みんな感じてはいても盗むことで解決したりしません。

「新作のパンプスも戻ったところで一曲いかがでしょうか、お客様」
二三四女将が、まだフラフラしているピエールにマイクを渡しました。

「じゃあ、兄妹船を歌います」
ピエールは小さく咳払いをして言いました。

突然ですが、山野辺兵庫のワンポイント解説です。
今回の事件は、ハラハラしましたね。ピエール青山とモーニング吉田が、兄妹であるという話は本当で二人の母親はリオニャール・フィニという超有名なファッションデザイナーなのです。フィニは生涯で二人の実業家と結婚して子供を儲けますが、その二人がピエール青山とモーニング吉田なのです。
モーニングの父親は船舶業を営む吉田鮒夫で、ピエールの父親は不動産業の青山徹です。二人とも超リッチですから、子供達もリッチのかぎりを尽くして育てられたのですが、妹のモーニングは攻撃的で対抗意識が強く、目的のためには非合法なことも辞さない、かなり危ない性格の持ち主です。一方ピエールは、才能はありますが、おっとりとしていて推しに弱いところが特徴です。

そしてもう一人の登場人物石川屋の女将二三四についても解説いたします。
二三四は江戸時代より続く石川屋の十五代目主人です。夫は亞久亞(アクア)という人物なのですが、彼との出会いは、若かりし頃の二三四が江戸川河口付近を航行中、たまたま浮いていた亞久亞と出会い恋に落ちたのです。
二人の間には満(マン)が生まれましたが、亞久亞は二三四に自分は江戸川河口の海底に住む一族の王子であると告げます。そしてその一族が荒川河口の他の海底一族に侵略されているので戻らなくてはならないと言うのです。
前々からおかしな所のある男だとは感じていましたが、そこまで言うならならしょうがないと言うことになり、二三四は亞久亞の帰郷を許します。満はその後立派な若者として育ち、石川屋の屋形船の船長をしていますが、あえて石川を名乗らず亞久亞を名乗ることで、いつの日か父親と再会する日を夢見て、今日も屋形船の舵輪を握るのです。

(南部和也)

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